あくまでアダルトチルドレンとは自己認識のための言葉にすぎないため診断や治療という表現がちょっと違う。
重要なのは診断や治療ではなく、アダルトチルドレンとは、自分の生きづらさの由来を理解し、成長の出発点としようとする人の自己認識であるということだ。
つまり、アダルトチルドレンは、病名でもなければ、医学用語でもないので診断や治療と表現しにくい。
よって「あなたはアダルトチルドレンです」と医者に診断されるようなものでもないのである。
もちろん診断されても、「あの人はアダルトチルドレンだ」というように誹謗中傷の意味のレッテルでもないのだ。
このカタカナ英語は「何となく雰囲気でわかる」程度でちゃんとした意味がわかりずらいから診断出来ない。
とくにアダルトチルドレンのように中学英語の単語2つの組合せ
「アダルト」=大人
「チルドレン」=子供
という意味の組合せなので、「大人になりきれない子どもっぽい人たち」と理解されがちだ。
また医学用語でもないため診断ではなく説明がとても難しい。
そこで診断ではなくこんな風にとらえてほしい“いつもなんとなくツラい人”の事をアダルトチルドレンというとわかりやすいだろうか。
「なんとなく生きづらい」
「自分の感情がわからない」
「いつも人間関係がうまくいかない」
「生きている実感がわからない」
「いつも周りのことばかり気になって自分が本当はどうしたいのか、どうしたらいいのかわからない」・・・。
アダルトチルドレンが抱くこうした悩みの根は非常に深く、複雑に絡み合っているため診断しにくい。
しかし、そんな人々が「アダルトチルドレン」という言葉に出会うことによって救われ、自分の居場所を発見することができるようになったので診断しやすくなった。

